3月4日 出発
名古屋組はセントレア8時集合。遅刻者もなく、全員無事そろいました。
ナカネGM、サポクラ代表のN本さん、Tグチ夫妻、そして取材をしているうちに気づいたら自費参加に至っていた「ミイラ化した木乃伊取り」わたくしO野の総勢5人。
「僕らも行きたいのに・・・」と心なしかじと目になっている翼カメラマンとHISのT村さんに見送られて出発です。
キャセイパシフィック航空は香港が本拠。O野の名古屋の自宅の近所に定宿があり、近所のコンビニでは深夜に赤い服を着たスレンダーなお姉さんをよく見かけます。
機内で力仕事をしてると、タイトスカートのスリットがちょっとアブナくてうれしいです(w
それはさておき、機内の暇つぶしの定番・映画は本数は多いのですが、英語音声に中国語の字幕、という手に負えない組み合わせがほとんどで、広末涼子の「ゼロの焦点」と言われてもなあ、というのが正直なところ。持ってきた本を2冊とも早々読んでしまいました。活字中毒の禁断症状が早くも心配です。
お楽しみの機内食は、トリの照り焼きに炒飯。味は悪くないですが、これにパンを付けられると、ちょっと困る感じ。故郷の定番「けつねうろんに白ご飯」級の炭水化物定食でした。
ワイン2杯でほどよく酔っぱらい、iPodに仕込んだ古今亭志ん朝師匠の落語を聞きながらうつらうつら。結局寝るのが一番簡単でらくちんな時間つぶし、時差ぼけの心配もないので、夜寝られるかどうかの心配だけですが、実はこれが後々効きました。
香港の空港は以前は高層ビル街のど真ん中にあり、度胸試しの着陸コースで有名でしたが、今はセントレア同様に島の中。スケールが極端にでかいのでジャンボジェットが小さく見えます。出国はしないけれど、またしても手荷物検査を受け、乗り換えゲートへはるばる向かいます。地下には移動用のトラムがあり、ナカネGMはそっちを一駅分使ったとか。
どうにかゲートにたどりつくと、軽食を取れそうな店の脇にノートパソコンが何台かおいてあります。使ってる人もいるのでとりついてみましたが、パスワードがわかりません。まごまごしてると、隣のお兄ちゃんが注意書きを指さして「店で何か買え」と教えてくれました。水を一本買って「ぎぶ・みー・いんたーねっと・パスワード」と頼むと店員さんが起動し、
30分限定で使えるしくみ。なるほどなるほど。
さっそくツール・ド・ランカウイのサイトへ行ってみると、レース速報のてっぺんに、
「The winner of the bunch is Japanese Tashi Nishitani」
意味が脳髄に染み渡ったとたん「いよっしゃーあああ!」と場をわきまえずに大歓声。合流したナカネGMとN本さんは、コンコースの真ん中でタコ踊りをしているO野を発見し、いったい何が起きたのかと思ったそうですが、すぐさま「Tashi、てなんだよ,Taijiだってば」とか、「いちんち早いよー」と突っ込んだりぼやいたり喜びを分かち合うのに忙しいちゅーねん3人衆。何を言おうが、ランカウイで堂々集団スプリントでステージを取った、というのは大快挙であります。
さっそくサポクラのブログにコメントを書き込もうと思ったのですが、日本語変換どころか漢字がいっぱい書いてある謎のキーボードは手に負えず、中学生のような英文を書き込んでごまかしました。商売人としては面目ない・・・
クアラルンプールへの移動便もキャセイ。O野の席は非常脱出口の脇、窓はないけど離着陸の時にCAのお姉さんと向かい合いになる特典(?)つき。手真似で「写真撮っていい?」と聞いたら、「だめですよ〜」と手真似で断られてしまったので画像はありません。
乗り込むときにマレーシアの英字新聞最大手「ニュー・ストレーツ・タイムズ」をもらってきました。ランカウイの記事も載っています。第1ステージに続く勝利をあげた20歳のマシューズがメーンですが、地元の英雄マナンの邪魔をする小憎らしいガキ(失礼)の顔はこれ以上見たくないのか、写真は落車して座り込むどこかのチームの選手。ポイント賞でトップに立つマナンの記事もありますが、我らが愛三は、盛選手が10位に入ったリザルトだけ。絶対明日は新聞買い占めてやる、とかたく心に決めたのでありました。
クアラルンプール国際空港につくと、南国の大きな太陽が滑走路の向こうに沈んでいきます。飛行機を出るとむっとした湿気。たまらずTシャツ一枚になりましたが、けっして不快ではなく「あー、来たんだなあ」という実感がわきました。
出口で愛三の丸団扇を持ってる男性がお出迎え。現地ガイドが迎えに来てくれた、と感激した。ナカネGMと感動的な抱擁を交わしました。しかし「日本語うまいですね?」と聞かれた。「現地ガイド」さん。「あのー、わたす、成田から来たんですけど・・・」
唯一の成田組、東北からお越しのKトウさんでした。本物のガイドのお姉さんと一緒にワゴン車を探すと、フェラーリF1のポロシャツを着たドライバーが元気よく「きょうは日本のチームが勝ったぞー!」と教えてくれました。
ここから宿まで2時間くらい。恐ろしいことに、自分たちがどこのホテルどころか、どこの街に泊まるのかツアーメンバーの誰もが確信を持ってません。さらに恐ろしいことにはドライバーもガイドも知らなかったのでした。
遅いなりにがんがん飛ばしていたドライバーの様子が、ポートディクソンの街に入ったあたりから、様子がおかしくなり、探るようなうろうろ走りに。「ホテルにビールがないだろうから、買っておけ」と親切にアドバイスしてくれて店に寄ってくれたのはいいのですが、その後もうろうろは続き、とうとう携帯で話し始めると、都合の悪い英語だけは僕らにも聞き取れるものです。
「どこのホテルへ連れて行けばいいんだ?」とか。
道行くオートバイに片っ端から声をかけて道を尋ねていたドライバー氏、とうとう進退窮まって「誰かホテルの電話番号か住所を知らないか」と声をあげましたが、僕らの方もわかりましぇん。
ただ、ツアーメンバーはO野をのぞいて「アジア経験あり」ですので、全然びっくりしてませんし、私は私でアクシデントが起きれば飯の種、という罰当たりな条件反射ができてるのでわくわくしてるし。
そうこうするうち、巨大で豪華なホテルに車は入っていきました。ドライバー氏はフロントへ入っていきますが、メンバーの方は「ここだといいけど、そんなことないよねえ」とあきらめ顔。ところがびっくり。ここが今晩の宿だったのでした。
もっともホテルの図体はでかいのですが、部屋にはアメニティもドライヤーも無く、若干潔癖症というTグチ夫婦は「歯ブラシが無い!!!」と真っ青になったそうです。バスタブは無く、シャワーだけ。
今回同行しなかったKトウさんの奥さんなら「ホテルを変えるに至ったであろう」(N本さんの聞き取りによる)だそうですから、単独行はいろんな意味で正解でした。なお「今度のホテルはドライヤーとバスタブあるかな?」というTグチ(嫁)さんのささやかな期待は、最終日にようやくバスタブだけかないました。
荷物だけ置いて階下に集合し、さっき通った屋台で夕食。屋根はありますけど、海水浴場の浜茶屋のようなもんだと思ってもらえば正解です。地元のタイガービールでサテ(焼き鳥)やらなんやらを食いながら初日の夜は終わった、のですが・・・
「明日の朝は7時半にピックアップに来る」といっていたドライバー氏。突然「5時半に来る。5時に朝飯を食え」と言い出しました。何の間違いかと思って聞き直しても「ファイブ・サーティ」。
さあて大変だ、早く寝なきゃ、と一行はどたばた部屋へ転げ込むのでありました。
なお、いつまでも「彼」とか「ドライバー氏」では失礼なので名前を聞いたら「トムサン」。
いかにも南国人のおおらかなトムサンは明日朝5時半に現れるのか、第5ステージのスタートに、我々は間に合うのか。HISと愛三レーシングのお送りする「アドベンチャーツアー」(byナカネGM)
はいよいよ本格スタートです。
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